プロジェクトのはじまり|Story

大自然のなかで心の赴くまま生きてみたい!

がん闘病中、そんな思いをもちながら毎日心に描いていた理想郷。それがこのリトリートプロジェクトのはじまりです。
少し長い話になりますが、以下はプロジェクト発足に至った私のがんストーリーです。

※私個人の事例であり、特定の治療法や自然療法を否定・推奨するものではありません

 

告知と決断

私は34歳のとき子宮頸がんと診断されました。告知されたとき、表向きは冷静を保ちながらも、その事実に私の心は激しく動揺しました。

「子宮頸がんの治療法には手術、放射線、抗がん剤治療がありますが、あなたの場合すべてやります。一刻を争うため優先して手術を行いますから、いつにするかを決めましょう」

がんが進行していた私に提示された手術方法は、子宮頚部を含む全体切除、卵巣・卵管切除、骨盤内に通っているリンパ節を切除するというもの。下腹部の中身をごっそり切り取ってしまうに等しい方法を提示された私は、これらの治療法を受けたあと健康になる自分を想像することができませんでした。

告知当日は何かを判断する余裕もなく、そのまま病院を後に。
帰りの道中は周りの人と自分が違う世界にいるようで、駅に着いた後はどうやって帰ったのか覚えていません。

後日、病院に一切の治療を行わないことを伝えました。

 

自然療法-失敗と気づき

がんは自分が引き起こしたもの、自分で治すことが出来るはず!
普段から食事やスキンケアに自然素材を取り入れていた私は、食事を中心とした自然療法を始めました。

その過程で、食事療法で有名なクリニックに辿り着きます。食こそ要と確信していた私に、医学的視点からサポートしてくれるクリニックの存在は涙が出るほどありがたいものでした。

ドクター指示のもと、断食と生野菜・果物中心の食生活を送っていた私の体重は激減しました(おそらくがんの影響もあり)。

でも、体重以上に体に影響が表れていたのは「冷え」。
その年は特に暑かったのですが、体の底から冷えて長袖が欠かせないほど。それを見ていた親はどんなに辛かったかと思います。
体が悲鳴をあげているのを知りながら、がんを克服するため頑なになっていた私は、これをやれば治る!と信じ、ひたすらに順守しました。

次第に下腹部の痛みが強くなり、勤めていた会社を休職。
そんななか、気になっていたヴィーガンレストランに足を運んだのが大きな転機でした。

出てきたのは素朴な定食。
きれいな器に丁寧な盛り付けがなされ、見るだけで心が楽しくなりました。

茶碗にふっくらと盛られた雑穀ごはんに手を伸ばし、食べた瞬間。
体がこれを求めてる!と、はっきりと全身で感じたのです。
それは経験したことのない衝撃でした。

体の声を聞かず、合わないことを自分自身に無理強いしていたことに気づくと同時に、私の中で縛りつけていたすべてのものが解け、「してはいけない」「しなければならない」という概念がスーッと消えていきました。

心と体が自由になった瞬間でした。

 

解放

それまで行っていた療法を手離した私ですが、そのときすでに、歩くことはおろか睡眠すらできない状態でした。そう遠くないうちに訪れるかもしれない死を静かに受け入れながら、それでも諦めずに思い続けたことがあります。

「大好きな森へ行くんだ!自然の中で生きて、死ぬならそこで死にたい」

生家の裏にあった小さな森、豊かな自然に囲まれた熊本の祖父母の家。物心がついたときからそこで遊んでいたからなのか、私は大人になってからも不思議なほど森や水が好きでした。たとえ目に見えるのは窓から見える空だけでも、心はいつも森へ飛んでいたのです。

そのとき「こんな場所にいたい」と思い描いていた理想郷が、このリトリートプロジェクトのはじまりです。

 

その後

激しい痛みにのたうち回り、寝ることもできない状態のなか、不思議なことに、ある朝ふっと痛みが消えました。そのまま当日の飛行機チケットを手配し、導かれるように熊本に向かいました。(これも不思議ですが、家についたと同時に再び痛みが…!)

その後、豊かな自然に囲まれて過ごし、家族にすすめられた先進医療を受ける道を選び、今に至ります。